
ヴィタリー・グザーノフ氏
1928年ニージニー・ノブゴロド州生まれ
略歴
1961年 全ソ国立映画大学卒業
1950年代後半より 作家活動開始
海洋作家、歴史家として、特に日ロ関係の文化交流の歴
史に関し、小説、物語、エッセイを発表
主要著書
『白ロシアのオデッセイ』
『1904〜1905・ロシア戦士の墓』(鈴川氏との共同編集)
ほか
|
「19〜20世紀に於けるロシアと日本間の
ロシア文学及び文化の関連性について
(過去への回想)」
ヴィタリー・グザーノフ(海洋作家・歴史家)
皆様こんにちは、皆様のお手元に私の発表について日本語に翻
訳したものがあると思いますので、今日はそれとは別ことについ
てお話しさせて頂きます。
現在、ロシアの文学状況について考えますと非常に難しい時代
になりました。ワレンチン・ラスプーチン、ワシリー・ベロフ、
ユーリ・ボンダレフ等の非常に高いランキングを占めた作家たち
は、ソ連時代と比べて人気を失ってしまいました。ワシリー・ベ
ロフの言葉を借りて語れば、「今のロシアでは良質の本、良質の
文学、現実主義の文学は影響を失ってしまいました。出版社も文
学批評家もまったく興味を持っていないのです。そのため本を書
く意味も失ってしまいました。新しい作家達はマーケット、つま
り市場に向けて本を書いています。私はそういう風に本を書くこ
とはできない。しかもそういう風に本を書きたいと思いません」。
私もまったく同意します。
私の先生たちについて言いますと、それはロシアの歴史小説家、
クラッシックの文豪であるアレクセイ・トルストイ、ユーリ・テ
ニャーノフ、ニコライ・ザドールノフ等です。歴史小説を書いて
いる作家の視点から言いますと、ロシアと日本はまだ多くの仕事
が残っています。比喩を使えば、種蒔きをした畑に似ています。
つまり、これから収穫しなければならないのです。好む好まざる
に関わらず、ロシアであれ日本であれ、どんな国でも歴史の影響
は非常に強いです。過去のことについての知識、歴史に対する知
識は、人格を鍛え知性を鋭くします。歴史というものは私達自信
に対する尊敬、または先祖の墓地に対する尊敬をします。そのた
め、民族の文化はいつもその民族の過去に対する知識に関係があ
ります。
日本とロシアの関係の歴史について考えてみますと、一つの非
常に興味深いことがあります。日ロ関係は航海者達・・・、例え
ば漁夫、商人といった人達から始まりました。最初にロシアに知
られた日本人、伝兵衛もそうでありますし、遭難した神昌丸の大
黒屋光太夫もそうであります。さらに、ロシア風の名前キセリョ
フを名乗った日本人、善六も若宮丸という船に乗った商人でした。
若宮丸の乗組員のうち、津太夫、儀兵衛、左平、太十郎(多十朗)
の4人は、のちにレザーノフに伴われ日本に帰国し『環海異聞』
という記録の作成に参加しました。2004年は若宮丸の漂流民
が日本に帰国して200年の記念の年になります。
その後は督乗丸という船の難船についての証拠もあります。そ
れは1813年の事です。帆船である督乗丸が難船して、日本人
達はイギリス人の船によって助けられました。その日本人達は最
初アラスカに漂着して、さらにカムチャッカに移りました。私の
知識では日本で3冊の『船長日記』という本が出版されたのです
が、私の意見ではロシアの読者にも非常に興味深い本ではないか
と思います。そのためにも『船長日記』という本はロシア語に翻
訳すべきだと思います。私達はそのための充分な能力を持ってい
ますがお金はありません。
遠い歴史の他に非常に多くの仕事が残されています。例えば最
初日本とロシアの取り扱いの105年記念日について本を出版し
なければなりません。そのことについて語りますと、日本語で私
の2冊の本が出版されています。1冊目は『白ロシアのオデッセ
イ』という本ですが、それは最初のロシア領事、ゴシケービッチ
をめぐる本です。もう1冊は『ロシアのサムライ』という本です。
この本はプチャーチン提督と橘耕斉という日本人についての歴史
小説が入っています。私の本の出版について語りますと、それは
私の友人である、または日本の優れた社会活動家である鈴川正久
の助けは非常に重要でした。
本だけでなく記念像も必要です。日ロ交流協会で非常に活発な活
動をしている鈴木正久、なぎまりょう、とうしょうきょぐち、ま
つたけひでおのおかげで色々な日本の街でロシア人の記念像が設
定されています。例えば富士、松山などの都市です。どんなロシ
ア人の像かというと、ゴシケービッチ領事、プチャーチン提督、
ボイスマン艦長などです。また、長崎にある墓地はロシア人航海
士、或いは軍人の墓、対馬戦闘の参加者の墓を含めて整備されて
おります。対馬戦闘を終えますと日本とロシアの関係は非常に難
しいものになりました。新しい作品の出版についてなかなか良い
状況ではありません。それは非常に悲しいです。
私は幾つかの歴史小説を書きましたけれど、例えば『ロシアの
サムライ』、『ポンド金貨の秘密』、さらに『イエラマナフ』と
いう聖ニコライの人生をめぐる歴史小説を書きました。その本は
東京大司教及び全日本副司教のダニエルのおかげで出版されまし
た。彼に心からお礼を申し上げたいと思います。また、彼にその
本を差し上げたいと思います。
これから日ロ交流協会とロシアのロ日交流協会の協力をお受けし
て色々したいことがあります。先駆者であるラクスマン・・・1
792年、根室を訪れ日本との承認取り扱いにサインしたアダム・
ラクスマンの半身像を設定したいと思います。または、ロシアの
ディアナ艦ふれがを取り上げることについて、注意を導きたいと
思います。または、1855年のヘダ号という船の造船に参加し
た、まじゃいすきーかんの半身像を作るべきだと思います。また
は、ぼしあっていこくも半身像を作るべきだと思います。また、
長崎にはプチャーチン提督の記念像がありません。それについて
も考えるべきだと思います。
色々な計画がありますが、この計画を実践するには2つの協会の
協力が必要です。つまり日ロ交流協会とロ日交流協会の協力です。
その協力の一つの証しは、今日のシンポジウムではないかと思い
ます。
最後にプレゼントをしたいと思います。日ロ交流協会に私の書い
た8冊の本を差し上げたいと思います。ありがとうございました。
|