冬の陽射しをいっぱいにうけてロシア大使館の門は大きく開かれ、華やかな装いの300人を超える新年パーティへ向かう人々は、二階の大広間へと流れていった。
二階のホールは人々で賑わい、左側の部屋には例年のように生花が楚々として飾られていた。協会理事の山岸さんのもとで日本の文化に心を寄せているロシア人のお弟子さんたち14人による、贈り物である。
その隣りの部屋の入り口には、「日露和親条約締結 150周年記念関係資料展示」のポスターが下げられていた。ロシア国際文化科学協力センターの協力によって、ロシア大使館より提供された1783年(寛永5年)アダム・ラクスマンへの「長崎入港許可証」と、ディアナ号士官であったモヂャイスキーの筆による、かつての下田の原風景等の絵が11枚も架けられていた。招待客の一人である中村喜和先生によると、以前からこの「許可証」の存在は知っていたが、実物を見るのは初めてだ、と感慨深げであった。
今年は日露の和親条約が結ばれて150周年、ポーツマス条約締結100年を迎えて、日本各地で様々な行事が予定されている。すでに昨年11月には下田市の長楽寺本堂で「日露交流150周年記念シンポジウム」が開催された。外務省主催の大きなイベントも準備されているという。当協会の今年の新年パーティは、この記念すべき年の趣旨に合わせて企画された。
総司会は若い会員のいちのへ友里さんが、開会の辞を専務理事の今川道生氏によって幕はあけられた。やむをえない事情で欠席された大道寺会長にかわって、主催者挨拶を一樋宥利副会長が行った。今年の『日ロ合同新年会』は和親条約が結ばれて150周年、ポーツマス条約締結100年記念を兼ね合わせての意義の深いパーティであることを強調され、そのために来賓者として、衆議院議員・日露賢人会議日本側座長森喜朗前総理をはじめとして、『駿河湾に沈んだディアナ号』を出版された奈木盛雄氏、下田市市長石井直樹氏等が出席されていることを紹介した。
次にロシア連邦大使A.P. ロシュコフ氏が挨拶をされた。「今年は節目の年なので、特別な意味をもっている」ことから話され、「今日は今年に催される数多くの行事のはじまりであり、両国民の相互理解のための努力が必要と思う。」という今年の抱負を述べられた。
恒例の鏡開きは上記の方々の他に、最高顧問伏見康治先生のお元気な姿もあった。
カンパイはロシア国際文化科学協力センターのガムザ氏が音頭をとった。
テーブルの上には大使館専属シェフのオリガ・チェプローワさんの腕によりをかけた数々のロシア料理が待っている。ビーフストロガノフの味付けは150年前に近づけたそうだ。もちろんその珍味のビーフストロガノフはあっという間に姿を消した、残念!?
この新年会は3度目というロシアの青年は、今年が一番楽しかったと言っていた。150周年、100年記念のおかげだろうか? 歴史の過酷な波間に身をおき、力を尽くした人物の子孫や(たとえば高田屋嘉兵衛の7代目の方)、ディアナ号関係の面々が数多く集まれたこともあるのかも知れない。「アンサンブル・ポーレ」の方々の演奏、そしてなによりも心待ちにしていたロシア大使館学校の生徒の「ロシヤンカ」による可愛い歌と踊り、会場には一斉に手拍子が響く。子供は未来を映し出してくれるようだ。そしてロシア物産展も華を添えていた。
それらの鮮やかな様子は翌20日の朝6時45分から NHK 第一チヤンネルで放映された。
日ロ友好の新しい一年は、このようにして一歩踏み出した。
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